多発性硬化症(MS)とは
中枢神経の髄鞘(ミエリン)という部分が障害されることで、様々な症状がでる疾患です。
運動機能や感覚が障がいされたり、眼や排尿排便障害が出ることもあります。
このような機能障害は、非常に重篤出ない限り寿命を短縮することはありませんが、徐々に進行、悪化する場合が多いです。
また脳や脊髄、視神経などいろいろな場所に病巣ができることがあり、症状が再発したり寛解(良くなる)を繰り返したりすることがあり、「多発性」という名称がついています。
そしてその病巣は進行して年月を経ると少し硬くなることがあるので「硬化症」と呼ばれています。
英語ではmultiple(多発性) sclerosis(硬化症)と綴られるので、略してMSと呼ばれます。
原因がわかっておらず根治するための治療法はありませんが、症状を遅らせたり、急激な悪化を押さえる薬や治療法が開発されています。
感覚障害 | 触った感触や温度の感覚が鈍くなる、逆に過敏になる。痛みやしびれ感など、異常な感覚が生じる。 |
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運動障害 | 手足に力が入りにくい。体の片側が動きにくい。ふらついて歩きにくい。 |
目の障害 | 霧がかかったようになり見えにくい。視力が急に低下する。視野が狭くなる。ものが二重に見える。 |
排尿障害 | 尿の回数が頻回になる。間に合わず失禁する。尿が出にくい。残尿感。 |
認知・精神障害 | 理解力の低下やもの忘れがある。気分が高揚する。うつ状態になる |
神経の髄鞘(ミエリン)とは
神経細胞は離れた隣の神経細胞などに結合して情報を伝達するため、軸索と呼ばれる長い突起を伸ばします。これだけでも電気信号や情報を伝達でき(無髄神経)、感覚神経の一部などはこのような神経線維となっています。一方、軸索の周りをカバーするように髄鞘(ミエリン)が覆っている神経(有髄神経)もあり、このような神経繊維は運動神経や交感神経、副交感神経に見られます。一般的に髄鞘のある神経の方が跳躍伝導※を行えるため、神経の電気信号や情報を伝えるスピードが格段に速くなっています。例えば赤ちゃんの神経はこの髄鞘が未発達であり、少しずつミエリン化(髄鞘が形成されてくること)され、情報処理や動作が刷新されていきます。小さい頃にピアノの練習をすると、その分だけミエリンも増加するという研究もあります。つまり髄鞘(ミエリン)があることで、神経の情報伝達速度が増し、安定するといえます。よって髄鞘(ミエリン)が障害を受けると、様々な神経機能の障害が起こります。
※跳躍伝導とは
神経細胞の軸索は、情報を伝達するために電気信号を通しやすい構造となっています。一方軸索を覆う髄鞘(ミエリン)はほとんどが脂肪でできており、電気を通さない絶縁体となっています。電線で例えると、外側のビニールの絶縁皮膜の部分が髄鞘で、内部の金属の電線本体に当たる部分が軸索と言えます。髄鞘は絶縁体として働き、軸索の電気活動を安定化するだけでなく、電気信号の伝導を高速化させます。すなわち神経では、刺激の流入とともに脱分極(神経における電気信号の発生)が起きますが、それはナトリウムチャンネルの開閉を介します。無髄神経では、その刺激は軸索に沿って途切れなく連続で生じていきます。ナトリウムチャネルの開閉は2ミリ秒ほどかかるため、何度も開閉しながら刺激が伝達するので速度は遅くなります。一方、有髄神経ではナトリウムチャネルの開閉は髄鞘(ミエリン)の覆っていない部分のみ(ランビエ絞輪)で起こるため、飛び飛びで発生します。その結果刺激の伝達速度は速くなります。
どのくらいの患者さんがいますか
多発性硬化症の有病率には地域差があり、一般に赤道付近の地域で低く、高緯度の地域で高くなっています。
以下の表のように、北米で、10万人あたり140人、欧州では108人、低いのは東アジアで2.2人、サハラ砂漠以南のアフリカで2.1人となっています。
この差は緯度、紫外線やビタミンDの関与が示唆されています。
日本では以前は10万人あたり4~5人でしたが、現在は14~18人程度と推定されています。
男女差もあり、日本では女性の患者数が男性の患者数の3倍近くに上っています。
平均発症年齢は20~30才で、比較的若い方に発症する疾患です。
10万人あたりの有病率
- ハンガリー 176 人
- スロベニア 150人
- ドイツ 149人
- 米国 135人
- カナダ 133 人
- チェコ共和国 130人
- ノルウェー 125 人
- デンマーク 122 人
- ポーランド 120人
- キプロス 110 人
多発性硬化症(MS)の原因
多発性硬化症では何らかの原因で髄鞘が障害を受けてしまうことが原因で発症します。この障害の原因となっているものについては、まだよく分かっていません。しかし、自己免疫の暴走による攻撃と考えられています。通常、免疫というのは体外の異物を攻撃・排除して、体を守るための機構です。しかしこの免疫機構が暴走して自己の体の一部を異物と認識して攻撃してしまうことがあります。攻撃を担う免疫細胞がリンパ球や白血球と呼ばれていますが、多発性硬化症ではリンパ球が誤って自己の髄鞘(ミエリン)を攻撃、障害してしまっていることが原因とされています。では何故、免疫が暴走するかについては以下の3つが考えられています。
- 遺伝
多発性硬化症になりやすい遺伝子の組み合わせがあると考えられています。
しかし1つの遺伝子で多発性硬化症になるわけではないため、この病気が遺伝することはありません。 - 環境因子
先述した緯度や日照、ビタミンDの他にも喫煙などもリスクになるとされています。
しかし、どのようなメカニズムでこれらが発症率に関わるのかは分かっていません。
また成人してから住む場所(緯度)を変えても、発症率には変わりません。 - ウィルス感染
ヒトヘルペスウイルスなどの感染は、多発性硬化症の発症率に関わっていることが示唆されています。
しかしウイルスを防御すればよいというわけではなく、幼少期からウイルス感染に曝される衛生状態の悪い地域に比べて、衛生状態の良い地域の方が発症率が高い傾向になります。
成人してからなど遅くにウイルスに感染することが引き金となっている可能性もあります。
しかしながら、ウイルスは人から人へ伝染しますが、多発性硬化症自体は人に伝染る病気ではありません。
多発性硬化症(MS)の症状
「多発性」という名称の通り、いろいろな神経で障害が起こることがあり、障害が起きた部位によって多様な症状が起きることがあります。また特徴的な症状として、入浴や気温が高くなることで体温が高くなると症状が出たり悪化する、いわゆるウートフ兆候というものがあります。これらの症状は急に始まり、その後緩解(回復)することがあります。感覚を伝える神経に脱髄(ミエリンの障害)が起こると、感覚の異常が起こります。
- 感覚症状
痛覚や温度の感覚が鈍くなる、または、鋭くなる
首を曲げると腰から足に感電したような痛みが走る(レルミッテ兆候)
ある動作をきっかけに痛みを伴って手足がつっぱる(有痛性剛直性痙攣) - 運動神経に脱髄(ミエリンの障害)が起こると、運動障害がおこります。
- 運動症状
手や足を動かしづらい
ふらついて歩きづらい
呂律が回りづらい
飲み込みが難しくなる - 脳や脊髄の神経に脱髄(ミエリンの障害)が起こると、色々な症状が起こることがあります。
- 排尿障害
尿の回数が増えたり、切迫したりする(頻尿、尿意切迫感)
排尿したいのに尿が出づらい(尿閉)
残尿感が有る
尿の漏れや排尿コントロールの喪失(失禁) - 脳幹部や視神経等に障害が起こると、眼の症状が起こることがあります。
- 眼の症状
物が二重に見える(複視)
眼が揺れる(眼振)
霧がかかったように見える
視野の中心に見えない場所ができる
目の奥が痛い
多発性硬化症(MS)の検査方法
多発性硬化症では一つだけの検査をもって診断するわけではなく、複数の検査や症状などから総合的に判断されます。
下記の検査はその際に用いられる代表的な検査です。
MRI(核磁気共鳴画像)
Magnetic Resonance Imagingの略でMRIと呼ばれます。とても強い磁力を用いて人体の内部の断面を画像化することができる検査です。X線や放射線を使わないので、人体への負担は少ない検査です。しかしペースメーカーなど金属を体に埋め込んでいる場合は、この検査を受けることができません。この検査ではT1強調画像、T2強調画像やフレア(FLAIR)画像と呼ばれる検査方法で、病巣を映すことができます。またガドリニウムという造影剤を注射すると、炎症が進行しつつ有る病巣を判別しやすくできることがあります。
- 脳脊髄液検査
脳は脳脊髄液という液体の中に浮かんでいる状態にあります。
この脳脊髄液は脳だけでなく脊髄(腰の方まであります)に及びます。
多発性硬化症ではこの脳脊髄液の中に、オリゴクローナルバンド(OB)、ミエリン塩基性タンパク質(MBP)などが検出されることがあり、脳脊髄液を採取して検査する場合があります。
採取の方法は一般的にルンバール(腰椎穿刺)という方法で行われます。
これは背中に局所麻酔を施してから、背骨の間にスパイナル針という長くてしなやかな針を刺して脳脊髄液を採取する方法です。
背骨の間を広げるため、背中を丸めてじっとしている必要があり、終了後も安静が必要です。
痛いように思えますが、多くの方はむしろ局所麻酔の針の方が痛みを感じるようです。 - 誘発電位検査
髄鞘(ミエリン)に障害が起きると(脱髄)、神経細胞の軸索がむき出しになります。
そうなると跳躍伝導ができず、電気活動、情報伝達は遅くなります。
誘発電位検査では視覚誘発電位、聴覚誘発電位、体性感覚誘発電位など種々の刺激で生じる脳波を検測し、反応の速度が遅くなっている部位を調べることで、病巣の場所を特定していきます。 - 視覚誘発電位
点滅する光や、白黒が反転する映像を見る検査です。
視神経を調べます。 - 聴覚誘発電位(聴性脳幹誘発電位)
ヘッドホンをつけて音を聞き取る検査です。
脳幹等を調べます。
視神経を調べます。 - 体性感覚誘発電位
手首や足首に軽い電気刺激を与え、伝達を調べる検査です。
脳幹や脊髄、感覚神経を調べます。
運動誘発電位
脳や脊髄に磁気による刺激を与えて調べる検査です。
脳や、運動神経を調べます。
多発性硬化症(MS)の治療法
多発性硬化症(MS)は「多発」という名称の通り、何度も症状が出現したり、寛解を繰り返しながら経過します。
これは髄鞘(ミエリン)が障害を受けても、その内部の軸索が保存されている場合、炎症がおさまると再び髄鞘(ミエリン)が再生されるためと考えられています。
再生された場合は、各種検査でも一見正常に戻っていることがあります。
しかし、安定しているように見える発症初期の場合でも、炎症は続いていて神経軸索の切断に至ることが分かっています。
つまり神経線維の切断や脳萎縮が進行する前に、機能の保存を目的に、早期治療を実施することが大切です。
- ステロイドパルス療法
症状が激しく出ている時期には、病巣の炎症を抑える作用があるステロイドを使います。
ステロイドの長期連用には副作用(消化性潰瘍、骨粗鬆症、ステロイド性糖尿病など)のリスクがありますので、計画的に投与されます。 - インターフェロンβ療法
インターフェロンは抗原提示の抑制やTh1サイトカイン産生の抑制を通じて免疫反応を押さえることによって、多発性硬化症の進行を抑制すると考えられています。
これらの作用によって多発性硬化症(MS)の再発回数を減らしたりする効果があります。 - グラチマー酢酸塩
特定のアミノ酸からなるペプチド(タンパク質の切れ端)で自己免疫の攻撃をうける髄鞘(ミエリン)の代わりとなって、多発性硬化症の進行を抑制すると考えられています。
初期や軽度の多発性硬化症で、再発を抑制する効果があります。 - フィンゴリモド
冬虫夏草の成分の構造変換で得られた化合物で、リンパ球のリンパ節からの移出を抑制することで抹消血リンパ球を減らし、多発性硬化症の再発を抑制すると考えられています。 - フマル酸ジメチル
T細胞やB細胞といった免疫細胞の活性化を抑制することで、多発性硬化症の再発を抑制します。
経口薬です。 - ナタリズマブ
インテグリンという体内のタンパク質のモノクローナル抗体です。
ナタリズマブは炎症性組織への白血球などの免疫細胞の動員を抑え、多発性硬化症の病巣形成を抑制すると考えられます。